アベルです。ご用件をどうぞ

コンピューターは便利だ。なぜかというと、コンピューターは間違えないからだ。人間のように、ものを忘れたり、計算を違えたり、逆らったり、疲れを訴えたりしない。惜しむらくは、コンピューターには人間のような判断能力がないことである。人間のように、簡単な命令だけで働いてくれるコンピューターがあれば、きっとすばらしいだろう。

人工知能と呼ばれる、こんな夢のようなコンピューターも、最近の技術の進歩の早さからすれば、すぐにも実現されるのではないか。そう思っている人も多いのではないだろうか。

では、ここに1台のコンピューターがあるとしよう。名前はアベル。なんと、 人間のような判断能力を備え、音声で会話することができ、人間の望む情報を 探し出すことができる。まさに夢のような人工知能だ。

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「あのー、夏休みに自由工作するんで、本を探しているんですけどー……」

「どんな本をお探しですか?」

「だから、自由工作の本です」

「工作の本でしたらたくさんありますが。もっと詳しい条件をお願いします」

「ぼくができるような工作がのってる本ってないんですか?」

「…………あなたは小学生ですか?」

「そうだよ。見てわかんないの?」

アベルの記憶力は無限だから、万が一間違いをおかしたとしても、同じ間違いを2度することはない。判断がつかないときは、人間に尋ねて決定するようになっている。

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「朝日新聞の半導体汚職についての記事をぜんぶ印刷してくれるかな」

「はい。朝日新聞の半導体汚職ですね。記事は見つかりませんでした」

「え?ないの?そんなはずはないでしょう」

「朝日新聞社で起きた半導体汚職に関する記事を、最近二十年間の全新聞について検索した結果です」

「全新聞?……ああそうか。違うって。朝日新聞に載ってる、半導体汚職に関する記事だよ。新聞社が半導体汚職するかってーの」


「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「読売新聞の海外進出についての記事をぜんぶ印刷してほしいんだけど」

「海外進出についての記事は読売新聞にはたくさんありますが。もっと詳しい条件をお願いします」

「どこをどう間違えたんだ?読売新聞の海外進出に関して、どんな新聞でもいいから、記事を全部ほしいんだよ?まったくコンピューターのくせに間違えるなんて……」


「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「悪いけど、毎日新聞の校正者手帳についての記事をぜんぶ印刷してくれる?」

「はい。確認しますが、毎日新聞の校正者ですか?毎日新聞の手帳ですか?毎日新聞の記事ですか?」

「なんなの。どれもおんなじでしょ。んもう、どれでもいいから早くしてよ」

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「ええと、最近の新聞の、ファッションに関する記事を見たいんだけど」

「少々お待ちください……過去半年分の新聞には 806 件ございます。印刷しますか?」

「ええっ?……なんで最近っていったら半年も前から探すの?最近っていったらふつう1週間とかそんなもんでしょ。あたま悪いんじゃないの、こいつ」


「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「ここの図書館に最近入ったSFのリストを出してください」

「少々お待ちください……過去1週間に入荷したSFジャンルに該当する本は1冊ございます」

「あのね、1冊って……。1週間?ねえ、いくら最近っていっても1週間はひどいんじゃない?3か月とか半年ぐらい見てちょうだいよ」


「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「あのさ、最近のミステリーについての批評がのってる本ってある?」

「最近とはどのぐらいでしょうか?」

「んー、適当に決めてよ」

「適当とはどのぐらいでしょうか?」

「さあねえ。頼まれてきただけだからさあ」

「頼まれてきただけ、とはどれだけのことですか? 1週間ですか?」

「ん? なにいってんだ??」

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「あのね、うちの娘が急に結婚するって言い出してね。最近の結婚式っていろいろあるじゃない?そのへん何にも分かんないもんだからきたんだけど。まあわたしはそんなハデな結婚式することないと思うんだけどね。相手の男がさあ、なんか軽薄そうな感じなのよ。最近のはやりなのかしらね。わたしも結婚に反対したんだけどうちの娘も言い出したら聞かないから。で、そういうことで本を探しにきたんだけど、いい本、ある?」

「……………………最近の若者の精神分析についての本でしょうか?」

「違うわよ。結婚式の本よ。なにこれ、人工知能なんていうけどただのバカじゃない。誇大広告だわ。もっとちゃんと考えなさいよアンタ」

アベルは命令に従う。たとえそれが「ちゃんと考えなさい」というものであっても。

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「ええとぉ、夏休みの自由工作するんですけどぉ、いい本、ありますか?」

「はい、小学生向けに工作を紹介した本ですね」

「えぇ〜、小学生向けなんてやぁだぁ。ぼくもう5年生だよぉ」

「小学5年生なんですよね? なら小学生向けが適当です」

「でもやなのぉ。もっとむずかしいのがいい」


「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「あのさ、このまえうちの息子が工作の本を借りにここに来たんだけどね、なんかやたら難しいのを借りてきたもんだからできなくて挫折しちゃったのよ。もうちょっと本を選ぶときにはものを考えて選んでくれないとこまるのよね」

「では、小学生向けに工作を紹介した本をご紹介しましょうか」

「もういいわよ。うちの息子はこれから夏期講習だし、そのあとは家族で東北に旅行するから、工作なんてするひまないわ」

「…………どんな本をお探しですか?」

「本を探しにきたんじゃないわよ。もうだめ。相手にならないわ」

それでもアベルは、もっと間違えないように、もっと考えるようになっていく。アベルを使う人ができるだけ満足するように。アベルを使ってよかったと言ってもらえるように。

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「アイヌ語が入ったCDってある? ユーカラとかそういうの」

「アイヌ語が入ったCDは当館にはありません。しばらくお待ちください……アイヌ民族の方が作った音楽のCDでしたら 8 枚ありますが、リストを出力しますか?」

「ん、とりあえずお願い」

「お借りになりたいCDがありましたら選択してください」

「ちょっと待って、これ全部インストゥルメンタル?」

「……声は入っていますが、アイヌ語として意味がある音声は入っていません」

「んー、じゃあいいや。まったく役に立たないなあ。アイヌ語の勉強しようと思ったのに」

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「あー、胡蝶蘭についての資料を探してるのだが?」

「胡蝶蘭の写真集でしょうか、胡蝶蘭の育て方でしょうか」

「育て方だ」

「条件に合う本は 3 冊ございます。お借りになりたい本がありましたら選択してください」

「全部だ」

「かしこまりました」

「はあ。……まったくコンピューター相手だと気詰まりでいかんな。もっと人間的なものはできないのかね。たまに間違えるなどすれば、かわいげもあるというものだろうに」

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「ええと、フォルトランの勉強をしたくて来たんだけど、入門みたいな本ってあるかい?」

「フォルトランという言葉は当館の資料の中には見当たりません」

「うっそだろー、ないわけないよ」

「ございませんので」

「だって、超有名なプログラミング言語だよ?」

「お客様がおっしゃっておられるのは、フォートランのことでしょうか?」

「あ、あれフォートランって読むの?それそれ」

「条件に合う本は 4 冊ございます」

「じゃあそれ借りてくわ。……まったくこれだからコンピューターは。細かいことにこだわるもんな。この杓子定規は永遠に直らないかねぇ」

「中央図書館情報探索コンピューターのアベルです。ご用件をどうぞ」

「ルパン2世っていう漫画があるって聞いて探しに来たんだけど」

「……ルパン3世ですね。アニメ映画を収録したLDが2枚ございます」

「違うよ。ルパン3世じゃなくてルパン2世。1世が小説で2世が漫画で3世がアニメだって聞いたから、2世を探しに来たんだ」

「ルパン2世という言葉は当図書館の資料の中には見当たりませんが」

「だったら最初っからそう言えばいいでしょ」

「ですからルパン3世のことを言い間違ったのではないかと思いまして」

「違うって。コンピューターのくせに余計な気をまわすんじゃないよ」

「…………………………………………」

「あれ、もうこわれちゃった。導入して1か月もたってないのに。メモリ中の情報が不整合起こしてやがる。館長、これどうしましょうか? とりあえずメモリ消してリセット? はい分かりました。でもそんな対症療法やってもまたこわれるんじゃないんですか? その時はまたリセットすればいいって? ああ、まあ、そうだけど。まったく、おまえも大変だねえ、アベル」

「…………………………………………」

コンピューターは便利だ。なぜかというと、コンピューターは間違えないからだ。人間のように、ものを忘れたり、計算を違えたり、逆らったり、疲れを訴えたりしない。惜しむらくは、コンピューターには人間のような判断能力がないことである。人間のように、簡単な命令だけで働いてくれるコンピューターがあれば、きっとすばらしいだろう。

あなたは、こんな夢のようなコンピューターが、実現できると思いますか?